大阪支部の沿革
平成17年に創立100周年を迎えた国立大学法人 名古屋工業大学の源は、明治38年開校した名古屋高等工業学校までさかのぼる。
同校は明治41年7月に第1回卒業生54名を、翌42年3月には第2回卒業生82名を送り出した。
その後、卒業生たちは、土木科はCE倶楽部、機械科は巴会、建築科は光鯱会、機織科(大正2年紡織科と改称)は紡織科同学会(現在は双友会)、色染科はDD倶楽部(現在は緑会)等それぞれの同窓会を結成し、連絡親睦を図って来た。
大正4年5月、全学を統合した名古屋高等工業学校同窓会が設立された。
大正10年5月、名古屋工業会と改称、理事制度を設け、本部を母校内に置き、東京、名古屋、大坂、神戸、関門の5支部を設置した。その一つ大坂支部(大正12年大阪支部と改称)が現大阪支部の源である。
当時の大阪支部には、富山、石川、福井、滋賀、京都、奈良、和歌山、大阪が含まれ、それぞれの地方毎に若干名の「地方代表員」を選出し、その中から複数名の「支部幹事」が選出されている。
昭和5年5月、それまでの5支部が61支部(国内50、海外11)に改編された。現在の関西地区には、滋賀支部、京都支部、奈良支部、和歌山支部、大阪支部、神戸支部、播但支部が設置され、それぞれに若干名ずつの「支部幹事」が選出されている。
昭和17年5月、舞鶴支部が京都支部より分離独立している。
昭和18年の会員名簿によると、関西地区には、奈良支部(奈良県)、和歌山支部(和歌山県)、滋賀支部(滋賀県)、京都支部(舞鶴支部ヲ除キタル京都府)、舞鶴支部(舞鶴市・東舞鶴市・福知山市・天田郡・何鹿郡・與謝郡・中郡・加佐郡・熊野郡・竹野郡)、大阪支部(大阪府)、神戸支部(播但支部ヲ除キタル兵庫県)、播但支部(播磨国・但馬国)が設置されたとある。
会員が所属する支部は、会員の住所地とするのが原則であるが、勤務地の方が何かと都合がよいので昭和42年5月、兵庫県の大阪寄りの地区(大阪勤務の会員が多い地区)を大阪支部に組み入れることとされた。この年、舞鶴支部と京都支部が再合同している。
昭和43年の会員名簿では全国29支部で構成され、関西地区には、奈良支部(奈良県)、和歌山支部(和歌山県)、滋賀支部(滋賀県)、京都支部(京都府)、大阪支部(大阪府、兵庫県のうち尼ケ崎、西宮、芦屋、宝塚、川西、伊丹の各市)、兵庫支部(大阪支部以外の兵庫県)が設置されている。
平成4年6月、支部活動の活性化・効率化を目指して、どの支部も広域運営をすることとなり、当時の35支部構成が24支部に改編された。
この時以降、それまでの奈良支部、和歌山支部、滋賀支部、京都支部、大阪支部が一つの広域支部となった。広域活動の障害は、全支部員の合同集会が困難なことであり、従来の支部毎に地方部会を結成し、随時ミニ集会を実施している。
昭和36年1月より始められたゴルフコンペ「名工会」(現在の名古屋工大会)は、平成20年末 現在252回を数えている。
また見学会・碁楽会・歴史探訪の会などの同好会も毎回盛況である。
大正10年5月に北陸地方を含む広域の大坂支部が作られたが、残された記録が少なく活動内容は不明である。
「支部長」と言う重責を担われた諸先輩のお名前も不明のものがある。
下記は役員名簿に記載された各地区の支部長殿である。(支部事務所の「窓口担当」と記載された者を含む)
奈良支部 昭和05年~昭和10年 C明43 廣石 一匡 昭和11年~昭和56年 C大09 駒田 晋明 昭和57年~昭和58年 調査 未了 昭和59年~平成03年 選出されず 不在 和歌山支部 昭和05年~昭和06年 D明43 谷為 米次郎 昭和07年~昭和08年 W明41 丸瀬 正明 昭和09年~昭和11年 C明43 宇田 忠三 昭和12年~昭和14年 C昭05 豊島 鎮雄 昭和15年~昭和18年 C昭06 池永 一夫 昭和19年~昭和22年 調査 未了 昭和23年~昭和32年 D明45 菅井 赳夫 昭和33年~昭和40年 C昭10 加藤 市郎 昭和41年~昭和48年 D明41 高須 滋 昭和49年~昭和52年 調査 未了 昭和53年~平成 元 年 C昭07 坂上 繁次郎 平成02年~平成03年 調査 未了 滋賀支部 昭和05年~昭和13年 C大09 重松 才吉 昭和14年~昭和18年 A明41 佐々木 尚徳 昭和19年~昭和22年 調査 未了 昭和23年~昭和56年 A昭03 井上 秋太郎 昭和57年~昭和58年 調査 未了 昭和59年~平成 元 年 A昭12 鈴川 一夫 平成02年~平成03年 調査 未了 京都支部 昭和05年~昭和08年 C大05 安井 與三八 昭和09年~昭和10年 M大09 水内 貞一 昭和11年~昭和15年 A昭02 岡本 正次郎 昭和16年~昭和18年 C大10 關目 季静 昭和19年~昭和22年 調査 未了 昭和23年~昭和24年 C大10 佐藤 義正 昭和25年~昭和28年 C昭06 尾崎 勝 昭和29年~昭和30年 C昭10 吉田 進一 昭和31年~昭和33年 E昭07 井上 丈夫 昭和34年~昭和36年 M昭13 宇田 誠 昭和37年~昭和38年 A昭22 桃井 喜三郎 昭和39年~昭和56年 A昭03 横田 俊治 昭和57年~昭和58年 調査 未了 昭和59年~平成03年 選出されず 不在 舞鶴支部 昭和17年~昭和18年 A昭03 科野 正一 昭和19年~昭和22年 調査 未了 昭和23年~昭和24年 C昭03 池田 正 昭和25年~昭和26年 M昭16 塩見(牧)眞澄 昭和27年~昭和32年 M昭07 伊藤 友吉 昭和33年~昭和41年 D昭17 四方 良平 大阪支部 大正10年~大正13年 支部長名不明 大正14年~昭和04年 W明44 栗林 政男 昭和05年~昭和13年 支部長名不明 昭和14年~昭和15年 W大14 江原 秀 昭和16年~昭和18年 A大06 藤枝 良一 昭和19年~昭和22年 調査 未了 昭和23年~昭和30年 W大14 江原 秀 昭和31年~昭和32年 A大04 池田 宮彦 昭和33年~昭和56年 C大10 森 幸治 昭和57年~昭和62年 W昭06 矢野 信吉 昭和63年~平成 元 年 E昭13 大原 栄 平成02年~平成07年 M昭20 中村 武彦 平成08年~平成13年 D昭30 伊藤 正延 平成14年~平成17年 W昭34 杉浦 潔彦 平成18年~平成21年 K昭40 河辺 彰 平成21年~平成28年 C昭44 木越 正司 平成28年11月から現在 A昭46 岡崎 格郎以上 大阪支部の沿革について調査結果をまとめてみたが、誤り、抜け落ち、言葉足らずが 随所にあると思われます。このコーナーは会員の総力により完成させることを目指しており、 お気付きの情報は下記まで出所などを明示の上、是非お知らせ下さい。 Eメールではメール送信へ